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住む人も働く人も安らぐ「高齢者施設」

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特別養護老人ホーム「らんまん」の挑戦

 

特別養護老人ホーム「らんまん鶴見」。外観は、白一色の施設色を排し、一般的な戸建住宅に似せたデザインとすることで、戸建て住宅に慣れ親しんだ入居者の抵抗や周囲への圧迫感を和らげている

 

一般的な施設と違い、「らんまん」では施設内では靴を脱いで生活する。エレベータホールは「玄関」と位置付けており、ニッチやインテリアフレームの色デザインを変えることで、各入居者に「わが家」をイメージづけている

 

インテリアフレームのデザインは、各階で異なる

 

共同生活室や各居室と廊下・ホールを仕切る扉には、戸建住宅のような瓦が設えてあり、入居者に「住まい」を意識させる。瓦のデザインも、各階・各ユニットにより異なる

 

廊下。白一色の施設とは違い、アイボリー、赤茶色といった暖色系でカラーリングされている。また、照明も蛍光管ではなく、戸建住宅のような個別照明をあえて使っている。ベンチ前など、場所により床の素材を変えているのは、入居者に「自分の気に入った居場所」を認識させる工夫

 

共同生活室は、入居者が大半を過ごすことをイメージして、戸建住宅のLDKのような造りとしている。機械然としたものはすべて目隠しされており、わざと天井も低くしてある。入居者の顔色がよく見えるよう、赤みを強めた配色にしている

 

居室は、カーペットもしくは畳敷きで、施設というイメージはまったくない。相部屋が主流で個人のプライバシーなど二の次だった施設に対するアンチテーゼである

 

個室の扉には、のれんが付けられる。プライバシーに配慮しながら、共同生活室との境目をあいまいにし、相互に雰囲気を感じられるようにしたもの

 高齢社会が進展する中、介護付き有料老人ホームや特別養護老人ホームといった高齢者向け施設のあり方も、変革が求められている。これまでのように、高齢者を収容するだけの単なる「施設」としてではなく、高齢者が生き生きと暮らし、そこで一緒に働く人たちも生き生きとできる「住まい」としての視点である。そうした環境づくりに、ハード・ソフトの両面から取り組んだ高齢者施設の一つが、今春開業した特別養護老人ホーム「らんまん鶴見」(大阪市鶴見区、全48室)だ。

日本初の「木造4階建て」のホーム

 「らんまん鶴見」は、滋賀県や大阪市で高齢者施設4施設を展開する社会福祉法人まんてん(滋賀県長浜市、理事長:山田一之氏)が今年3月竣工させた特別養護老人ホーム。大阪市営地下鉄鶴見緑地線「今福鶴見」駅徒歩10分に立地。敷地面積約930平方メートル。建物は4階建てで、延床面積約2,200平方メートル。総工費は6億円。

 ハード面での大きな特徴は、耐火構造の木造ツーバイフォー造であること。鉄筋コンクリート造と比べコストダウンになるという以外にも、多くの高齢者が長年親しんできた「木の家」であることが、入居者の精神的な落ち着きを生むのに重要なのだという。
 「木造2×4の高齢者施設は2ヵ所目となる。気密性が高く、騒音が気にならない、何より木のぬくもりが感じられることがいい。木造4階建てという特別養護老人ホームとしては日本初の試みで、設計上の制約も多く、建築費の高騰にも悩まされたが、最終的に当初予想より2割ほど安く完成させることができた」(同法人理事長・山田一之氏)。

 同施設は、この木造の採用をはじめとして、ハード・ソフト上でさまざまな工夫を凝らしている。そのすべてが「施設にありがちな“冷たさ”を排除した、温かい“住まい”の実現」のための試み。その企画を監修したのが、注文住宅や高齢者住宅・施設のインテリア設計を数多く手掛けてきた(株)町田ひろ子アカデミー。
 「病院に代表される施設は、内外装が白一色で冷たい、暗い感じがするもの。施設的に見せない色使いやデザインで、入居者がこれまで住んでいた住まい、やわらかく温かい空間を創り出した」と同社代表の町田氏は語る。

「戸建て」を意識した空間デザイン。「色彩心理」も多用

 外観は、圧迫感をなくすため、低層戸建住宅調にデザインした。住宅と同様に玄関で靴を脱ぐ生活スタイルを採用したことも大きな特徴。スリッパで生活することで、施設を意識させない配慮だ。

 木造建築物ではあるものの、難燃素材の内装で覆われており、ダイレクトに木の匂いが漂っているわけではないため、施設内部は見た目には木の住まいであることはわからない。しかし、白いクロスやクッション材で覆われた「施設」とはまったく様子は異なり、限りなく「住まい」に近いカラーリングやデザインが施され、床の足ざわりなどは住宅のそれだ。内装は、町田氏が得意とする「色彩心理」の考えを全面的に取り入れ、フロアやクロス、インテリアは、赤色や赤茶色を中心に暖色系の色が多用されている。

 「赤みの強い色彩を多用しているのは、入居者の顔色をよく見せるため」(町田氏)。同氏によると、人は絵画や音楽を美しいと感じたとき、脳の血流量が増加するため、認知症疾患等の予防や緩和への効果が期待できるのだという。

 エレベーターホールは、各フロアの「玄関」に見立てられており、フロアごとにインテリアフレームや扉上の瓦(戸建ての玄関をイメージしたもの)のデザインを変え、入居者に自分の住まいがどこなのかを容易に判別できるようにしている。

 各フロアは、共同生活室(リビング)を中心に個室を配し、共同生活と個人のプライバシーとを両立する。相部屋にベッドの生活が中心のパーソナルケアではなく、1フロア2つのユニット(1ユニット10人)を「一つの家族」と見立て、その共同生活をケアしていく「ユニットケア」を採用している。フロア天井も戸建住宅並みの高さ(2,450mm)に抑え、柱・梁類は隠し、全体照明ではない個別照明を採用、スイッチ類も一般住宅と同じものを使う、設備的なものはカーテン等で覆い隠すなど、施設色を極力排し戸建て住宅の雰囲気を演出している。天井が低い分、入居者の目線を下げる工夫をしており、椅子やテーブルは足を切り高さを下げている。

 入居者の個室も、これまでの「住まい」と違和感がないよう、室内では素足で生活するカーペットか畳敷きのスタイルとした。入口にはのれんがかけられ、着替えや就寝時以外は開け放っておくことで、共同生活室と相互に雰囲気が感じられるようにしてある。

温かい「住まい」は、スタッフのストレスも和らげる

 こうした「住まい」を意識したつくりは、何も入居者だけのためではない。この施設で働く介護スタッフたちのことも考えているのだという。

 近年、介護施設における虐待等が社会問題となっているが、これらは「冷たい」「暗い」といった「施設」特有の雰囲気が無意識のうちにスタッフのストレスになっていることによるものと指摘されている。誰もが、病院のような殺伐とした雰囲気の下で働くよりも、アットホームな家の中で働いたほうが気持ちいいに決まっている。

 介護スタッフのほうも、「住まい」の雰囲気を壊さないよう配慮していることがある。決まった制服を着用せず、全スタッフが「私服」で仕事をしているのだ。そのため、共同生活室で介護スタッフが入居者に接している様は、祖父母の家を孫が訪ね、談笑しているようにも映る。

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 かつての高齢者施設は、身体が弱った高齢者を収容し、終末までケアするだけの場所というイメージが強く、そこには入居者の尊厳とか生活スタイルの尊重といった視点が欠けていた。だが、団塊の世代に代表されるように、「例え施設に入るにしても、自分らしい生活を送りたい」とか「住み慣れた住まいにできるだけ近い施設で過ごしたい」といったニーズはますます高まってくるはずだ。サービス付き高齢者向け住宅や住宅型有料老人ホームといった「高齢者住宅」がウケているのは、多様なライフスタイルを実現しながら安全・安心な生活を享受できるからだ。

 人間、死ぬまで自分の思い描くスタイルで生活したい。終末により近い高齢者を受け入れる施設だからこそ、入居者のその想いに応えるべきだろう。(J)

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